苦がり (にがり)
【更新時刻】 2006/06/03 09:09:37
【分類】 [金光教教典用語辞典]
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(1) 海水を煮詰めて製塩したあとに残る液で、豆腐を作るとき、凝固さすために添加する。 [管理者]
(2) 参照箇条 佐光1 [管理者]

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苦がる (にがる)
【更新時刻】 2006/06/03 10:32:57
【分類】 [金光教教典用語辞典]
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【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 方言。標準語で苦い顔をするの「にがる」と同音であるが、中国地方瀬戸内では、内臓に支障があって腹がいたむ時や、陣痛で痛む時などの、激しい痛みを表す言葉である。 [管理者]
(2) 参照箇条 理・斎宗3、仁志1ー1&5、理・尋求145 [管理者]

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二気 (にき)
【更新時刻】 2006/06/03 10:33:41
【分類】 [金光教教典用語辞典]
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【関連語】
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(1) 『・南子』天文訓に「無より気が生じ、清濁二気にわかれ、結合あるいは凝固して天地を形成、天は気を吐き、地は気を含む。天地の気、結合して陰陽の気となる」などとあり、古代中国の宇宙論を構成する概念。 [管理者]
(2) 参照箇条 理・佐範21ー16 [管理者]

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憎い・憎む (にくい・にくむ)
【更新時刻】 2006/06/03 10:34:24
【分類】 [金光教教典用語辞典]
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【関連語】
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(1) 人に関する感情で、気に入らない、不快に思う、癪にさわるなどの意。金光大神は人は皆、神の子であるという信仰確認から、人間全ての親としての神の心に、適わぬ感情であるとした。そうして例え悪人であれ、盗人であれ憎いと思わず、神の心に倣って、可愛いと思い、そうした人々の助かりを願うように信奉者に促した。それとともに、信心するものは、犬猫にまでも憎まれないようにしなければならない、と説いた。 [管理者]
(2) 参照箇条 覚書21ー14、覚帳17ー15、21ー38ー4〜5、理・市三15、近藤46、斎宗16、理・佐光2ー2、高富38、藤広4、理・道案4ー3、8ー4、神訓2ー27、教理49、理・86 [管理者]

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肉眼 (にくがん)
【更新時刻】 2006/06/03 10:35:13
【分類】 [金光教教典用語辞典]
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【関連語】
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(1) 肉体に備わった目。また、「心眼」に対する語で、事象を、その姿・形で捉らえ、その意味を深く探らず、表面的な判断で、その事象に対処するものの見方を言う。信心するには、この肉眼に依存しないこと、と金光大神は説いた。
→心眼
[管理者]
(2) 参照箇条 理・近藤14、57、山定2ー3、21ー2、理・神訓2ー8 [管理者]

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肉食 (にくじき)
【更新時刻】 2006/06/03 10:35:58
【分類】 [金光教教典用語辞典]
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【関連語】
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(1) 鳥獣の肉を食すること。中国の大乗仏教が、慈悲の精神に基づいてこれを避けることから、仏教の禁忌となり、日本人の食生活にも大きな影響をあたえるようになった。親鸞以来、「肉食妻帯」を唱えた真宗以外は明治に至るまで、寺院法度によって、原則としてこの禁忌を守ってきたが、明治政府の仏教放置政策が出てから、この禁忌は仏教内部から次第に崩れていった。 [管理者]
(2) 参照箇条 理・金萩3ー2 [管理者]

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肉体 (にくたい)
【更新時刻】 2006/06/03 10:36:55
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 姿、形を持つ人間の体。金光大神は、これを「地からお授けくださってある」ものとして、心とともに、天地金乃神から人間に授けられたものである、と規定した。それは、心とは異なり姿、形を持つということで、その働きの及ぶ範囲、あるいは維持存続には限りあるものであることは、避けられないことである、とも教えた。そして、死後、肉体は無くなってしまう、無に帰す、と言われるが、そうではなくて、やはり、心とともに天地の命、働きに帰一するものである、というのが、金光大神の説くところである。心と体は「天と地へ分かれる」、つまり、人間は死んだら肉体は地へ、魂は天へと帰ると説かれるが、これは天地の命、働きに帰一する、いうことの、比喩表現であるといえる。
→心、体、魂、地、土、霊
[管理者]
(2) 参照箇条 理・近藤13、山定21ー3、29ー2、理・市光13、唐常4ー2、
近藤44、佐光29ー2、理・内伝13ー13
[管理者]

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逃げる (にげる)
【更新時刻】 2006/06/03 10:37:48
【分類】 [金光教教典用語辞典]
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【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) その場、またその事柄を嫌って避ける、立ち去る意。特にこの語は、民間信仰の金神の祟りを避けるという、日柄方位に纏わる観念、慣習との関わりで、恐れられた金神から、さらに命の根拠根源である神を忌避する、人間の勝手な、神への無礼な行為を示唆することがある。
→金神、日柄方位
[管理者]
(2) <1>神から逃げる。
参照箇条 理・市一39、市三3、近藤28、斎宗10ー2、理・大喜3ー2、5ー2、高富5ー2、29、理・道案4ー3、12ー2

<2>出来事・人などを忌避して逃げる。
参照箇条 覚書19ー9、覚帳15ー11、理・市一13、理・大喜16、近藤7ー2、理・金理77、尋求79ー2 [管理者]

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二間四面の宮 (にけんしめんのみや)
【更新時刻】 2006/06/03 10:39:22
【分類】 [金光教教典用語辞典]
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【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 元治元年(1864)正月朔日、天地金乃神が金光大神に建築を依頼した宮。「お知らせ事覚帳」では、「金神の宮社」となっている。
二間四面という宮の構造は、次のようなものである。宮建築では、正面間口の柱と柱の間を「間」、奥行きの柱と柱の間を「面」と呼ぶ。その構造は正面に三本の柱、側面に五本の柱を持つ宮となる。宮の平面は方形であるが、柱の間の長さは定められてはいない。出雲大社の宮はこの構造の代表的建築物であり、日本における最大のものと言われている。
取次広前の建築の頼みとして解釈されたこともあったが、二間四面という構造や、宮に対する一般的観念から考えると、それは、神の鎮座する場所としての神殿建築の依頼であったと、考えるのが妥当である。その必要性を当時に探ると、金光大神の宗教活動に対して、世間一般では流行神の一つとする風聞があり、修験道など、既成宗教による圧迫という問題に当面させられていた。それに対処するために、白川家門下の公認神社であることを示すため、神殿様式を備える必要に迫られていたといえる。
「覚書」執筆時点で付されたとも考えられるが、神の依頼に反して「天地乃神が宮へ入りておっては、この世が闇になり」という神の言葉があって、この、「宮」は、天地金乃神・金神の宮とあるが、あくまでも、それは上記のような状況に対応するもので、お上、つまり浅尾藩の認可がおりて建築できれば、「其方の宮」、つまり神ではなく、金光大神の宮となる、という性質を秘めていたものであった。
この宮の建築については、棟梁川崎元右衛門の行いの問題や、神、金光大神と村人、
世話人の宮にかける願い、考え方などとの齟齬が起きたりして、金光大神の生前中には、完成を見なかった。
→金乃神社、金神社、地所、祠掌、白川神祇伯王殿、棟梁
[管理者]
(2) 参照箇条 覚書13ー1、覚帳24ー12 [管理者]

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二間に四間 (にけんによんけん)
【更新時刻】 2006/06/03 10:40:27
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 参拝者の増加にともない、文久元年正月朔日、東新座敷増築の願いをたて、金光大神は、神の指図のままその構造を、間口四間、奥行き二間、土間は四尺、柱の高さは一丈一尺と定めた。大工には、金光大神の妻の弟、遠藤国太郎が指名された。
この二間に四間という建て方は、俗に「死に間、死に坪」といって、当時は最も忌み嫌われたものである。一丈一尺とという長さは凶として大工の用いない寸法であった。常識はずれのこうした構造の建築物を建てるについては、金光大神が当時の禁忌の思想・習慣を、信心によって克服していたということと、人々に禁忌を守ることの信仰的立場からの無意味さを、建物を建てることによって具体的に示すという意図が働いていたということができる。
[管理者]
(2) 参照箇条 覚書10ー3ー1 [管理者]

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西阿曽 (にしあそ)
【更新時刻】 2006/06/03 10:41:22
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 地名。(現)総社市西阿曽。吉備高原に位置し、温羅伝説で知られる朝鮮式の山城、鬼ノ城がある。
[管理者]
(2) 参照箇条 覚帳19ー10 [管理者]

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西阿知 (にしあち)
【更新時刻】 2006/06/03 10:42:15
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 地名。(現)倉敷市西阿知町。昭和元年(1926)高梁川改修工事が完了するまでは、この地帯は、高梁川の中洲であった。荻原豊松、須喜がこの地にあって、金光大神の導きを得て、教えを広め、人々を助けた。 [管理者]
(2) 参照箇条 理・荻須1ー5、6ー8 [管理者]

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西川 (にしかわ)
【更新時刻】 2006/06/03 10:43:03
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 地名。(現)岡山市★★ [管理者]
(2) 参照箇条 理・鳩古3 [管理者]

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西原 (にしばら)
【更新時刻】 2006/06/03 10:43:43
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 地名。(現)倉敷市西阿知町。金光大神の実母しもの妹、道満仲が、嫁いでこの地に住んでいた。 [管理者]
(2) 参照箇条 覚書5ー8、11ー8ー6 [管理者]

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二十二日 (にじゅうににち)
【更新時刻】 2006/06/03 10:44:27
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 金光大神は、月々のこの日を金神・天地金乃神の縁日と定めていた。
→縁日、天地金乃神、祭り
[管理者]
(2) 参照箇条 覚帳17ー9、理・市一35、佐範14、理・小く1ー8、佐光31、
難幸1
[管理者]

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二十四日 (にじゅうよっか)
【更新時刻】 2006/06/03 10:45:12
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 金光大神は、月々のこの日を日乃神・日天四の縁日と定めていた。なお月天四の縁日は二十三日であった。
→縁日、月天四、日天四、祭り [管理者]
(2) 参照箇条 理・市一35、理・佐光31 [管理者]

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二丈底から (にじょうそこから)
【更新時刻】 2006/06/03 10:46:08
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 「地、当たりをつける、大地震。二丈底から動かす……」という文脈で語られたもの。
ここでは、「二丈底から」というのは、深い地の底からという意味。地震は、単に地を動かすだけでなしに、天も呼応して動き、空飛ぶ鳥さえも落ちると語られた。自然現象として表面的には語られているが、人間と天地との関係、とりわけ人間の世界の状況、つまり「人代」と「天地」との関係の狂いが、このような言葉として語られている。
→狂い、地震、人代
[管理者]
(2) 参照箇条 理・市三4 [管理者]

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二上八小 (にじょうはっしょう)
【更新時刻】 2006/06/03 10:47:03
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 「二上」は日・月、もしくは陰・陽を示し、「八小」は八将神・八将金神の事と推察されている。「お知らせ事覚帳」の表紙の神名、「鬼門金乃神大明神」に付され、その神威を一層強めて表現しようとされたものであろうか。
→鬼門金乃神、金神、八将金神、八百八金神
[管理者]
(2) 参照箇条 覚帳表紙、理・佐彦1ー2 [管理者]

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煮だし (にだし)
【更新時刻】 2006/06/03 10:47:53
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 方言。一般的には煮だして味を出すこと、また煮だし汁のことをいうが、瀬戸内の方言では、大きないりこのこと。煮だし汁をとるために用いる。煮だした後のものは「にがら」。「覚書」「お知らせ事覚帳」では、「にだしにいたし」とあり、比喩的に用いられて、言い訳に使う、悪用する、うまい汁を吸うなどの意。 [管理者]
(2) 参照箇条 覚書19ー11ー2、覚帳15ー13ー2 [管理者]

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日蓮宗 (にちれんしゅう)
【更新時刻】 2006/06/03 10:48:39
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 天台法華教学を学んだ、鎌倉新仏教の祖師の一人であった日蓮を宗祖とする教団。徳川時代に、岡山県備前地方で密かに勢力を保っていた日蓮宗不受不施派は、布施を受けず、他宗派の僧を供養しないという日蓮の伝統を守り、時の権力に屈せず、内信者集団を形成し、非合法活動を維持し、その一徹な信仰が注目された。なお、この派は、明治九年(1876)に、公に再興が許され、(現)御津町の龍華教院(後に妙覚寺)を創立して、その拠点とした。 [管理者]
(2) 参照箇条 理・鳩古1ー2、理・角佐5 [管理者]

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日供 (にっく)
【更新時刻】 2006/06/03 10:49:26
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) もとの意味は、毎日仏に供物をすること、また、その供え物。
「覚書」に記された日供は、吉備津宮の、御釜殿で釜鳴神事で吉凶を示して貰うための供え物のこと。金光大神は四十二歳の厄年の正月、厄晴れ祈念のため、吉備津宮に参拝、この釜鳴神事を受け、二度のおどうじがあり、めったにないことなので、身の幸せを期待して帰路についた。しかし、それは病気の知らせであったことが、大患の時、神より告げられた。
→おどうじ、吉備津宮、のどけ、厄晴れ祈念
[管理者]
(2) 参照箇条 覚書3ー3、同7ー3 [管理者]

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日参 (にっさん)
【更新時刻】 2006/06/03 10:50:15
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 祈願成就のため、毎日、定めた寺社へ足を運び祈念すること。日参の他、月々に参る月参、お百度参り、百日参拝、裸足参りなど、祈願成就のためにする参拝には、いろいろな形がある。
そうした伝統的な参拝形式は、神仏のいます場所が宮寺にあるとする素朴な考え方に導かれており、金光大神は、それぞれの心に、神を見出だすことを重要な信心の事柄として説いてきたところから、こうした参拝について戒めるところがあった。
→参拝、月参り
[管理者]
(2) 参照箇条 理・青さ1ー12、山定45ー4、理・坂利1ー5、佐光18、白新4ー1&3、藤嘉1ー2 [管理者]

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日食 (にっしょく)
【更新時刻】 2006/06/03 10:50:58
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 月が、太陽と地球との間に入り、太陽が蝕を起こし、光が遮られること。人の身は生身であって、病気など患うことがある、という道理を日食月食を比喩に説いている。 [管理者]
(2) 参照箇条 理・近藤40、理・難幸13 [管理者]

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日天四 (にってんし)
【更新時刻】 2006/06/03 10:51:43
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 一般的には「日天子」と書き、太陽の神性を表す尊称。修験道では、大日如来、天照大神、観音菩薩、阿弥陀如来がその本地であるといわれている。
日々、規則正しく運行する日天子への帰依合一によって、人間の運勢の展開を希求するところから、修験道の日天子信仰が生まれた。修験道の影響を受けた民間の祈祷者たちの活躍があって、日天子信仰は人々に広く受け入れられていた。
金光大神は、このような信仰的土壌から、日天四の光、暖かさなどの働きを神として捉らえ、月天四と共に「天の神」とも称して、地の神、金神・金乃神と共に、その働きのありがたさを説いた。ところで、一般には「日天子」と記すが、あえて「子」に「四」という漢数字を当てたのは、忌み穢れを信仰的に否定したところから、意図して忌み数字であった「四」を用いたところからである
金光大神は、大地の神として信仰を深めてきた金神と、この日天四に月の神性である月天四の三神合わせ統一的に神をとらえ、明治六年、神命を受けて「天地乃神」あるいは、「天地金乃神」と称するようになった。しかし、この新しい神名は人々の耳慣れない名前であったところからか、金光大神は、しばしば「日天四 月天四 丑寅未申 鬼門金乃神」などと、当時の人々が個々にはその名を知っていて、了解され安い神名を連ねて、天地金乃神を示した。
また、天の働き、地の恵みをそれぞれ別けて、もしくは関連付けて説く場合など、晩年まで、日天四、月天四、金神または金乃神と、それぞれの働きに分け、天地金乃神という神名を分解して用いることもあった。さらに、日天四・月天四合わせて「天の神様」とも、日天四をさして「父神様」とも称した。
金光大神広前における日天四の祭り日(縁日)は、月々の二十四日であった。
→神名、父、月天四、天地金乃神、天乃神、母、日乃神
[管理者]
(2) <1>日天四の働き、金光大神、また人間との関係。
参照箇条 覚書3ー7ー6、15ー8ー1&5、16ー5、18ー3、21ー22、覚帳11ー4ー1&5、12ー10、14ー3、20ー16ー3、、21ー11、26ー3ー2〜3、理・佐光13ー2、28ー5、高富19、藤き4ー2、藤嘉4、松勝2、吉良2、理・道案3、23ー13、教理9

<2>世、世界との関係。
参照箇条 覚帳26ー22ー3、理・市光1、高富1、理・尋求20

<3>縁日について。
参照箇条 覚書19ー5、覚帳15ー7、理・佐光31

<4>神名に関して。
参照箇条 覚書16ー9ー2、17ー3ー2、21ー1ー2、覚帳表紙、12ー14ー2、17ー1ー2、同26ー3、理・大喜3ー3、伍慶4、金萩10、11、佐彦1ー2、高富2、福儀2ー2、藤広2ー4、理・道案5ー7、23ー7、

<5>日の出、日の入りを指す。
参照箇条 覚書16ー6、覚帳12ー10、理・道案22ー4 [管理者]

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二百十日 (にひゃくとおか)
【更新時刻】 2006/06/03 10:55:03
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 立春から数えて、二百十日目のこと。この頃、稲の開花の時期に当たると共に、台風の襲来も多く、農作物に風雨の害もでるところから、農民はこの日を厄日としていた。 [管理者]
(2) 参照箇条 覚帳21ー13、理・尋求115 [管理者]

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日本 (にほん)
【更新時刻】 2006/06/03 10:55:49
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 外国の国々に対しての国家という意味でこの語が用いられることもあるが、多くの場合は、備中、備後、讃岐などといった国々の総体、あるいは漠然と海に囲まれて日本人が居住する範囲、領域を指している。金光大神晩年には、神の差し向けとしての救済の働きの及ばなければならない範囲は、日本に止まらず、万国・世界中へと向けられた。
→皇国、天子、万国、大和
[管理者]
(2) <1>国々の総体、日本人の住む所。
参照箇条 覚書5−1−63、13−1、21−22、覚帳2−1−4、8−1、
17−26、理・荻須3−3、鳩古1−9、山定54、理・金な1、近藤9−2、高富49、理・道案4、金理36

<2>外国に対しての国。
参照箇条 覚書23−5、覚帳19−7、21−27−6、理・徳健3−2、理・寺与1−2、難幸18 [管理者]

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日本書紀 (にほんしょき)
【更新時刻】 2006/06/03 10:57:14
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 『日本紀』ともいう。奈良時代に成立した勅撰の歴史書。漢文で編年体に記述され、
神代の巻から始まり、第三十巻の持統天皇までが記されている。
[管理者]
(2) 参照箇条 理・藤広2 [管理者]

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日本祭り (にほんまつり)
【更新時刻】 2006/06/03 10:57:56
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 「日本休み」ともある。旧九月二十一、二日の天地金乃神の祭り日について、いずれこの日を日本中が祝うようになるという意で、用いられた語。
明治元年(1868)、政府はこの日(旧九月二十二日)を、天皇誕生日に当たって、天長節と定め、翌年、国の祝日と定めた。
[管理者]
(2) 参照箇条 覚帳25ー30ー3、理・佐範14、理・金萩8ー1 [管理者]

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入金 (にゅうきん)
【更新時刻】 2006/06/03 10:58:41
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 金銭が入ること、または、支払う金額の一部、つまり内金を入れること。 [管理者]
(2) 参照箇条 覚帳25ー14ー2、理・斎重3、佐光24ー3、吉多1ー2 [管理者]

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入銀買い (にゅうぎんがい)
【更新時刻】 2006/06/03 10:59:34
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 手付け金を支払って、品物を買い入れること。 [管理者]
(2) 参照箇条 覚帳21ー37ー3 [管理者]

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入銀流れ (にゅうぎんながれ)
【更新時刻】 2006/06/03 11:00:30
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 手付け金を支払って成立した売買契約が破棄されること。 [管理者]
(2) 参照箇条 覚帳21ー37ー3 [管理者]

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入用 (にゅうよう)
【更新時刻】 2006/06/03 11:01:15
【分類】 [金光教教典用語辞典]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 必要経費、または、必要な物品のこと。
→金・金子・銀子、銭・銭金
[管理者]
(2) <1>香取繁右衞門の広前建築に関して。
参照箇条 覚書4−1−5、同3−2、覚帳1−2−2

<2>宮建築、布教公認運動、供え物などに関わって。
参照箇条 覚書15−2−7、17−7−2、覚帳5−2、22−12−6、27−7−7、理・近藤4−2、理・道案24

<3>病気に関わって。
参照箇条 覚書7−7−3、11−8−9、理・津治4−2

<4>結婚・葬儀など、その他生活、家計にか変わって。
参照箇条 覚書20−12−5、22−13、覚帳18−20−3、21−38−5、理・斎宗19、大秀5−2

<5>金光正神に関わって。
覚書24−18−2、覚帳18−20−3、20−13−2 [管理者]

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にわ (にわ)
【更新時刻】 2006/06/03 11:03:56
【分類】 [金光教教典用語辞典]
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(1) 方言。岡山県地方では、農家の屋内にある土間のことを「にわ」と呼称していた。現在、「庭」といわれる屋外前庭は「あだ」と呼ばれていた。この「にわ」で、人々は縄ない、筵・・織り、草鞋作りなどの夜なべ仕事を、手燭、ランプなどの明りを灯してするのを常としていた。またこの「にわ」には、水神、火の神、かまどの神などを祀る神棚を置いていた。
→にわの口
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(2) 参照箇条 覚書11ー10、理・佐範10、理・岡繁2ー1 [管理者]

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庭瀬 (にわせ)
【更新時刻】 2006/06/03 11:04:40
【分類】 [金光教教典用語辞典]
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(1) 地名。(現)岡山市庭瀬。近世、水陸交通の便がよく、備中東南部の物資の集散地であった。ここに二万石を領した庭瀬藩があり、維新当時は、板倉勝弘が藩主であった。明治四年(1871)、板倉勝弘は、廃藩置県により、庭瀬県の藩知事となった。なお庭瀬県は、深津県、岡山県へと合併の推移を辿った。
金光大神広前へは、藩主・藩知事の板倉氏や、藩士たちが参拝していた、と伝えられている。
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(2) 参照箇条 理・伍慶4、宮延2ー2 [管理者]

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にわの口 (にわのくち)
【更新時刻】 2006/06/03 11:05:27
【分類】 [金光教教典用語辞典]
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(1) 「にわ」から屋外への出口があり、その出入り口を外へ出たところ、つまり戸外を意味する。
→にわ
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(2) 参照箇条 理・市一42、49ー2、理・佐光21、理・金理12ー1 [管理者]

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人間 (にんげん)
【更新時刻】 2006/06/03 11:06:12
【分類】 [金光教教典用語辞典]
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(1) 古来から他の生物と区別していえば人間とは何であるのか、という問いについて、いろいろな答えが試みられた。直立するもの、知性を持つもの、工作するもの、信仰するもの、などとも言われてきた。金光大神の示すところを、こうした規定に倣って端的に表現すれば、助けることのできるもの、ということになる。
他の生き物たちとともに、天地金乃神から、天と地の間に命を授けられて生きるものであるが、人間はとりわけて、神から霊・魂・心を分け与えられていることを感受し、知覚し、神の子に相応しく、神の心を現して行為する可能性を秘めている。神の心を現す、ということは、命あるものたちのうち、危機に陥ったもの、痛みに苦しむもの、苦悶するもの、親である神との関わりを見失い迷うものなど、難儀にあえぐものたちを哀れとし、その窮地から助け救いたいという神の願いを、自身の命に受けて行為する、ということである。そうした助けるという行為の可能性を、神から与えられているという意味から、人間は「万物の霊長」である、とも説かれている。
神の願いや思いを受け現すことのできる、という意味での「万物の霊長」としての人間は、しかし、しばしば神から授け預けられた才覚に溺れて、自分の命ばかりか、天地に生きる命、そして、それら一切の命が許されて生きる場、つまり神の働きの場としての天空、大地、さらには世界を、人間の欲しいままに振る舞える場として思い違える。そうして、その中で、天地にある命、物、事象、そしてひいては神間でも、ひたすら、人間の利害で差配し、人間の勝手な思いに適うように動かすことになる。それが、神への無礼となり、無礼が巡り受け継がれて、天地、世界に現れる難儀を深くしていく。神は、人がそれに気付き、神との関係を見失わず、本来人間に備え預けた神の心に帰って、それに相応しく人間が生きることを求めて、金光大神をもって、そのための、つまり神も人も、そしてあらゆる天地にある命が、「あいよかけよで立ち行く」という道筋を示した。
天地に生きる命は、病にも罹り、衰弱もし、そして死を迎えるのは、神から姿形を整えられた肉体を持つ命である限り、避けることができない定めである。人間も当然その定めの中にある。その定めを天地の定めとして、受け難いのも人間の心、知あるいは情のゆえであろうか。病気や死に際して、神に任すこと、神に縋ることをひたすら金光大神が説き通したのも、命が神から分け与えられた、天地の預かりものであることを自分の才覚に頼って知らず、あるいはしばしば忘れる、そのようなものとして人間が生きるからである。
死によって、一切の命は、その魂・心・霊も肉体も天地金乃神のもと、つまり天地に迎え入れられ、天地の永遠の働きにとけ入る。天地から離れた天国や地獄、彼岸など、人間だけを、他の生き物と区別し迎え入れるような世界がある、とするのは、人間の思いであり、神は、生きていても死んでも、それぞれの有様に沿うように、人を、支え守り、そうして働きへと促すのである。その神の促しをより深く受けて、人間は生きて生き神、死んで霊として、神の命助け、人助け、世界救済の働きを、神と共に担い、「神も助かり、氏子も立ち行く」天地、世界のあるべき姿実現に勤しむことができていくのである。
→生神、命、氏子、神、狂い、前々の巡り合わせ、助ける、天地、天地金乃神、人代、万物の霊長、無礼、めぐり
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(2) <1>神の氏子としての人間。
参照箇条 覚書15ー8、覚帳11ー7、理・石銀1、徳健5ー3、山定2ー6、
4、6ー4、8ー1〜4、21ー1ー1〜2&4、29、48ー2、50、理・佐光15ー2、利志1、難幸8、福儀2ー2〜3、3、山定1ー5、2、6ー3、理・金理51、尋求3、23、32、41ー1〜2、76ー2、104、106、107ー4、131、138ー1

<2>万物の霊長、心の在り方。
参照箇条 理・市三26、山定21ー5、50、53ー3、65、理・伍慶18、山定6、理・金理44、70、尋求1、47、60、内伝5ー5

<3>神の氏子としての平等。
参照箇条 理・市一56、市二7、山定2ー4、理・市光2ー2、佐範4ー3〜5、津治8、宮延2ー3、理・金理72、93ー4、理拾23、

<4>人間の死、運命。
参照箇条 理・荻須6ー8、山定37、38ー3、理・岡キ1、金ツ1、佐礒1、
佐光30ー2〜3、津治9、12ー1樋鹿4、伝不10、理・理拾35、38、尋求23、68、91ー1

<5>無礼、勝手、欲、知恵、悟り。
参照箇条 覚帳24ー5ー3、理・青サ5ー7、市二15、市三24、荻須25、
山定4、10ー2、11、26ー3、37、56ー2、61ー5、理・青サ3、近藤21、佐範.4ー4、12、佐光13ー3&6、19、高富2、山よ2、理・金理45ー2、66、尋求14ー340、42、43ー1〜2、113ー2、152、170ー1〜2、185ー1〜2、190、191ー1&3、

<6>人間の役割、人の難儀な時助ける、助かりたい姿。
参照箇条 理・山定34、50ー3、52ー3、65ー1〜3、理・福儀1ー4〜5、理・金理76ー1〜3、80、尋求5、28、

<7>肉体、食事、病気、厄。
参照箇条 覚帳21ー30ー6、理・市二75ー2、市三31ー2、近藤37ー2、徳健5ー3、山定13、37ー3、41、42、44ー2、66、理・石助4、6、金萩3、近藤12ー4、佐光15、福儀9ー2、理・金理78、理拾22ー4、尋求115、119、171ー1〜2

<8>人間の誕生、出産。
参照箇条 理・鳩古1ー10、山定27、29、31ー4

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妊娠 (にんしん)
【更新時刻】 2006/06/03 11:10:59
【分類】 [金光教教典用語辞典]
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【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 子供が胎内に宿ること。懐妊と同義。
→懐胎・懐妊、産
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(2) 参照箇条 覚書4ー4、11ー2ー7、11ー7ー2&4&6、12、同3、覚帳7ー3、理・市一33、大喜6ー12、荻須9、理・秋小2、石虎4、石助8、北周1、佐光16ー3、難幸7ー3、9、人峯1、福儀7、松勝3、伝不11ー2、理・道案17、教理26、85、尋求166ー4 [管理者]

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人足・人夫 (にんそく・にんぷ)
【更新時刻】 2006/06/03 11:11:44
【分類】 [金光教教典用語辞典]
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【関連語】
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(1) いずれも力仕事にたずさわる人のこと。 [管理者]
(2) 参照箇条 覚書2ー14、覚帳16ー23、理・浅寅4、石銀3ー3 [管理者]

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人徳 (にんとく)
【更新時刻】 2006/06/03 11:12:35
【分類】 [金光教教典用語辞典]
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【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 人々から信じられ、慕われ、崇め貴ばれる働き、または力。人に望ましい価値のあるものとして、しばしば、信心による神を現す働き、つまり「神徳」と並べて用いられる。
→神徳、徳
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(2) 参照箇条 理・市一16ー2、市三22、近藤67ー2、理・近藤27ー1&3、佐光25ー4、理・「神訓」2ー4、内伝12ー3
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人代 (にんよ)
【更新時刻】 2006/06/03 11:13:30
【分類】 [金光教教典用語辞典]
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【関連語】
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(1) 明治十三(1880)年旧十一月二十四日に、金光大神が受けたお知らせの中の言葉。この語は、一般に用いられていた言葉ではない。「神代」に対して、神と関係が結ばれ難い、人間中心の世界に当てた造語である。金光大神が原本にルビをふって「にんよ」という読み方を指示している。
それは、人間が人間の力で、人間の都合を先行させる世界とその時代をいう。言い換えれば、天地と世界を人間の力で動かし、欲しいままにする世を、神の眼から批判的に言い当てた言葉。それは、神のことを忘れ、天地の道理に背くことから、さまざまな難儀が生まれ、難儀に喘ぐ狂いの社会・世界の姿でもある。
人が神の子として相応しく生きて、その生きる姿を通して、神が神の働きを人の世に神として現れ、神がそうして世に現れ働いて人とその世が、治まり成り立つ、という、神と人との関係からすると、人とその世の狂いは、神・天地の働きの狂いへと繋がる。
天地まで狂わせてしまう、人代という難儀な状況が深まる中で、神と人との関係回復を願い、その願いが成就し、人々が神をその命に現せる道を人々に説くことが、自らの担う役目である、と晩年の金光大神は自覚して、命あって許されるがぎり、そお役目を遂行した。また信奉者にも、金光大神と同じ役目を担うことが、天地金乃神のおかげを受けていること、働きに生かされていることに応える道である、とした。それが、人代を神代へと転換し、神と人と双方が立ち行く世界顕現へ向けての働きとなる、と教えた。
金光大神の「人代」とは別の意味、つまり、金光大神没後、成立した教団組織が働きをし始めてからの時代を指して、この語が用いられた箇所もある。
→、神代、狂い
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(2) <1>神代にたいする人間中心の時代。
参照箇条 覚帳24ー25ー1&2、同26ー2

<2>金光大神没後の神道金光教会、金光教の時代。
参照箇条 理・内伝1ー17 [管理者]

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